年のはじめに抱負を書く、という行為は、少し大袈裟な気もします。
大きな目標を掲げたいというよりは、この一年、何を大切に仕事に取り組んでいきたいのかを、言葉としてそっと置いておきたい。そんな気持ちです。
2026年は、「応援されること」を求めていきたいと思っています。
「応援しています」という言葉をもらうとき、私はいつも、
80%ほどの嬉しさと、20%ほどの小さなせつなさを、同時に感じているように思います。
嬉しさの理由は、とてもシンプルです。
共感してもらえたこと、賛同してもらえたこと。
「いい取り組みですね」と、背中をそっと押してもらえること。
一方で、わずかなせつなさの正体は、関わり方の距離感にあります。
大きくは関われないけれど、見守っている。
当事者にはなれないけれど、気にはかけている。
応援という言葉には、そんなニュアンスも含まれている気がしています。
社会性のある活動に取り組んでいると、「応援しています」と声をかけてもらう機会は少なくありません。
その多くは本当にありがたい言葉でありながら、同時に、どこかで「ここまでなのだろうな」と受け取っている自分もいます。
一方で、ごく稀に「参画したい」「一緒にやりたい」と言ってもらえることがあります。
それはこの上なく嬉しい出来事ですが、受け入れる側にも相応の覚悟が求められます。
想いや理念だけでは足りない。
役割や余白、責任の持ち方。
そうしたものをきちんと用意していなければ、その言葉を真正面から受け止めることはできません。
2026年は、応援してもらうことに甘えるだけでなく、
「関わりたい」と思ってくれた人が、無理なく一歩踏み込める体制を整えていきたいと考えています。
それは、急激に規模を広げることではありません。
丁寧に、純度を保ったまま、関係性を広げていくこと。
社会性を掲げる以上、閉じたままではいられない。けれど、雑に開くこともしたくない。
誰かにとっては応援で、誰かにとっては参画で。
関わり方の濃淡を受け入れながら、それでも同じ方向を向いて進める仕事のかたちを、少しずつ増やしていく。
2026年は、そんな一年にしていきたいと思います。