コーチングをしていると、「理想の自分に向かっているはずなのに、どこか苦しい」と悩みを漏らされる方に出会う場面も少なくありません。
今日はこのことについて書いてみようと思います。
コーチングやカウンセリングで使われる「クリーンランゲージ」という、聞き手の先入観や前提を挟まず、相手の言葉(メタファーや言葉遣い)だけを使って問いかけるコミュニケーション技法があります。
開発者の心理学者デイヴィッド・グローヴは、その探究をはじめた理由を次のように述べており、冒頭の悩みの解消に示唆を与えてくれると感じます。
クライアントが皆、つらい感情や心の傷となっている記憶、自分が何者であるかについての深い感覚を説明するときに、メタファーを使っていることに気づき、いざそうしたメタファーを調べ始めると、それらがすぐさま特異性を示し始めることを発見した。
その人にしか当てはまらない要素や意味が多々出てきたのである。
さらに、各人のメタファーには構造と内的ロジックがあり、それらは長年変わらず統一性と安定性を保っていることもわかった。
それは、メタファーをもっているというより、彼らが各々のメタファーそのものであるかのようであった。
そして、メタファーが変わると、彼らもまた変わった。
メタファーについてのおさえどころ
ここで少し、メタファーそのものについて触れておきたいと思います。
コーチングの場で扱うメタファーは、必ずしも文学的な隠喩だけを指すわけではありません。
直喩(明喩)——「ように」「みたいに」など、比喩であることを明示する表現
例) 彼はチームの潤滑油のように、人と人のあいだを取り持ってくれる
寓話——具体的な物語やたとえ話を通じて、教訓や本質を伝える表現
例)うちの上司は、まさにゆでガエルですね。
類推(アナロジー)——ある領域の構造を別の領域に当てはめて理解する表現
例)マーケティングは農業に似ている。種をまいてから収穫まで時間がかかるし、土壌づくりが何より大事だ
換喩——あるものを、それと密接に関係する別のもので置き換える表現
例)現場の声を経営に届ける(経営という言葉で経営陣を指す)
隠喩(厳密な意味でのメタファー)——「ように」を使わず、AをBそのものとして語る表現
例)あのプロジェクトは、いま暗礁に乗り上げている
これらは、すべてメタファーです。ある事柄を別の事柄に置き換えて描写する——その置き換え方に、その人の思考が、概念的な言葉以上に表れてくると言われています。
日常会話のなかでは、1分間に約6つのメタファーが使われているとも言われます。
とくに、抽象的なこと、複雑なこと、感情的なことを語ろうとするとき、わたしたちはより具体的で使い慣れたメタファーに手を伸ばす傾向があるようです。
「理想の自分」を語ろうとすると、自然と何かの像が立ち上がってくるのは、そのためだと考えられます。
ちなみに、認知言語学者のジョージ・レイコフは、「自らを理解する作業の大半は、自らの人生を理解するのにふさわしい個人的なメタファーの追求である」とまで述べています。
自分を知るとは、自分について"正しい説明"を見つけることではなく、自分にしっくりくるメタファーに出会うことなのかもしれません。
メタファーが変わると、行動が変わる
以前、あるクライアントの方とのセッションで、こんな場面がありました。
仕事で目標を決めて成果も出しているのに、どこか満たされない、と話される彼女に「今の自分は、なんのようですか?」と問いかけたとき、しぼりだされ答えが「SNSで話題になっているカフェみたいな自分」という言葉でした。
注目を浴びなければならない、ライバルのことが常に気になる、より多くの人に評価されたい、——それを保ち続けることに、いつのまにか息切れしていた、と。
そして、対話を重ねるなかで、彼女は次のメタファーにいきつきました。
「本当はわたし、知る人ぞ知る喫茶店みたいでありたかったのかもしれません。常連さんが ”今日も来ちゃったよ”と顔を出してくれるような」。
ありたい自分のメタファーが、いつのまにかずれ始めていたのです。
本当は"知る人ぞ知る喫茶店"のような自分でありたかったのに、気づけば"SNSで話題のカフェ"を目指して走っていた。同じカフェという像のなかにいたからこそ、ずれていることに気づきにくかったのかもしれません。何を磨き、何を手放すかが、知らぬまに入れ替わっていたのです。
その後、彼女の行動は少しずつ変わっていきました。意志の力で行動を変えたというより、自分をかたどるメタファーが変わったことで、振る舞いの方が後からついてきた、という感覚に近かったように思います。
苦しさのほどけ方
理想に向かっているはずなのに苦しい、と感じるとき、見直してみたいのは、目標に向かういまの"自分自身"を、どんなメタファーで描いているか、なのかもしれません。
ただ、自分のメタファーは、自分ひとりで見つけようとすると、案外つかみにくいものでもあります。すでに自分のなかで馴染みすぎていて、当たり前の風景になっているからです。そんなとき、クリーンランゲージのように、解釈や助言を挟まず、本人の言葉だけを丁寧に扱ってくれる聞き手が傍らにいると、自分のメタファーがそっと姿を現してくれることがあります。
理想の自分を描き直す前に、いまの自分をかたどっているメタファーに、誰かと一緒に耳を澄ませてみる。その小さな時間が、苦しさのほどけ方を変えていくのではないかと思います。
参考文献