経営者として歩み始めたとき、多くの人が、ある願いを心の奥に抱いています。
それは、とても静かで、あまり言葉にされない願いです。
「 " 自分の思い描いた通りに "、会社を成長させたい」
これまで積み重ねてきた経験や判断、自分なりに描いてきた理想の姿。
それらがあるからこそ、今ここに立っている。
だから、自分が舵を取り、自分の目で確かめながら進めたいと思うのは、自然なことだと思います。
そこには、責任感も、誠実さも、覚悟も含まれています。
ただ、エグゼクティブコーチングの現場では、この願いが暗黙の前提として固定化したときに、組織の成長が少しずつ歪み始める瞬間を、しばしば目にします。
暗黙の前提は、行動を静かにしばる
「" 自分の思い描いた通りに " 成長させたい」という前提に立つと、経営者の行動には、ある傾向が生まれます。
・重要な判断は自分が必ず行う
・自分が納得できるクオリティを基準にする
・自分が関与していないと、どこか落ち着かない
これらは、意識的に選んでいるというより、そうしている自分が当たり前になっている状態です。
その結果、仕事は自然と経営者のもとに集まり、
組織は「経営者を中心に回る構造」になっていきます。
この段階では、まだ成果もでていることが多く、大きな問題は表にでません。
けれど、あるところで、違和感が生まれます。
・人が増えているのにも関わらず、売上や事業があまり伸びていない
・仕事を任せられるマネージャーも育っていない
・自分自身(経営者)は、どんどんと忙しくなるばかりで、このままでいいのだろうか?
そんな感覚です。
「任せる」とは、何を差し出す行為なのか
例えば、社員20名ほどの会社を率いる経営者Aさんの話があります(理解を助けるため、一部は構成しています)。
Aさんは、営業資料づくりも、採用の最終判断も、重要な顧客対応も、自分で担っていました。
理由は単純です。自分でやったほうが安心できるし、「自分の思う形」で進められるから。
そんなAさんに、コーチングの場で投げかけた問いがあります。
「もしその仕事を誰かに任せるとしたら、相手の方はどんなことを得ることができますか?」
組織行動論には、社会的交換理論と呼ばれる考え方があります。
人は、信頼や期待を差し出されると、それに応えようとする存在だ、という前提に立つ理論です。
Aさんは、営業資料づくりを若手社員に任せてみることにしました。
やり方は細かく指定せず、期待しているポイントだけを伝え、自分は最小限のサポートにとどめました。
それは、仕事を減らすためだけではなく、信頼を差し出す選択でした。
信頼は、形を変えて返ってくる
任された社員は、最初こそ戸惑いながらも、自分なりに調べ、考え、試行錯誤を始めます。
質問の内容も、「正解は何ですか?」から、「どうすれば、より良くなりますか?」へと変わっていきました。
完成した資料は、Aさんが作るものとは少し違っていました。
けれどそこには、その人なりの視点と工夫がありました。
社会的交換理論の観点では、これは自然な流れです。
信頼や裁量を受け取った人は、それを学習・工夫・貢献という形で返そうとする。
その過程で、役割は少しずつ広がり、組織としてできることも増えていきます。
Aさんは気づきはじめました。
「自分の思い描いた通り」に整え続けるよりも、
「自分の想定を超えた形」を目指すほうが、組織は成長するのだと。
手放すのは、コントロールではなく暗黙の前提
「自分の思い描いた通りに」という願い自体が、悪いわけではありません。
ただ、それが疑われない前提になったとき、組織の可能性は、その枠の中に閉じ込められてしまいます。
エグゼクティブコーチングが扱っているのは、答えやノウハウではありません。
経営者がどんな前提に立ち、どんな問いを握っているのか。
そこに光を当て、更新していくための対話です。
もし今、忙しさや行き詰まりを感じているなら。
問いを少しだけ、ずらしてみてください。
「どうすれば、自分の思い描いた通りに?」ではなく、
「自分の想定を超えて、組織を成長させられるとしたら、何に取り組むべきか?」
その問いが、組織の器を広げる入口になるかもしれません