私がコーチングやコンサルティグなどの対人支援に携わるうえで、大切にしている「技法以前」という書籍があります。
この本には、カウンセリングや支援の「技法」や「やり方」を語る前に、
人と関わるとき、支援者はどんな姿勢で相手に向き合うべきかを問われるような内容が書かれています。
問題をどう解決するかよりも、問題をどう見ているか。
その“前提”こそが、関わりの質を決めるのだという思想が、一貫して流れています。
その中に、何度も咀嚼してきた一節があります。
「信じる」という行為が私たちに要求するのは、この八方塞がりに思える状況の中で「問題になっていること」ではなく、問題そのものの背後に見え隠れする「可能性の側面」を見通す力である。
そして、こうも書かれています。(家族支援のアプローチについて)
「信じること」の取り戻しの作業を進める中で、まず大切なことは「言葉を変えていくこと」だ。今までの「行きづまりの構造」から「家族再生に向けた構造変革」への第一歩は、言葉を変革し、創造していく作業である。何気ないことだが、私は両親との会話の中でもそれを心がけた。例えば、「人と会いたがらない」という言葉を、「人と会いたいのに会えない」と変える。
この姿勢は、エグゼクティブコーチングや人事・組織づくり支援の現場にいる今も、私のスタンスの基盤になっています。
「キャリア目標が立てられない」という女性マネージャーの話
組織づくりの支援で関わっているあるクライアント先で、
仕事の能力が高く優秀と評価されている一方で、「この先のキャリアをどうしていきたいか」が言語化できずにいる女性マネージャーの方と1 on 1をしたことがあります。
彼女は、こんな言葉を口にしていました。
「求められている役割は果たしていると思います。でも、自分がどこを目指したいのかが、よくわからなくて。」
能力も高く、周囲からの評価も高い。
それでも本人の中では、「目標がない自分は、どこか足りていない」という感覚が強くありました。
そこで私は、少し問いの角度を変えてみました。
「では、“できっこないとけど、やってみたいこと”は、ありますか?」
最初は戸惑いがありましたが、しばらくして、ぽつりと話が始まりました。
現実的ではないと思って封じてきた構想。
立場的に望んではいけない、と自分で線を引いていた未来像。
その瞬間、対話の空気が変わりました。
「目標が描けない人」だと思っていた彼女は、
「描きたいものはあるけれど、描いてはいけないと思ってきた人」だったのです。
問題は、どのレベルで語られているか
心理学や組織開発の領域では、人の行動は「能力」そのものよりも、
どのレベルで意味づけが起きているかに強く影響されると考える見方があります。
例えば、NLPで用いられる「ニューロロジカルレベル」は、その整理を助ける枠組みです。
例として、自己認識が「自分にはできない」から「自分にもできるかもしれない」と変わるとどのような変化があるかを図に例示しました。自己認識が変わると、その下層にある信念・価値観、能力、行動、環境に波及しながら変化を及ぼしていきます。

多くの相談は、「行動」や「能力」のレベルで語られます。
「行動できていない」「目標設定ができない」。
けれど実際には、その上位にある信念や自己認識のレベルで、ブレーキがかかっていることが少なくありません。
彼女の場合も、
「現実的でなければ意味がない」という信念、
「与えられたことをこなすのは得意だが、自らゴールを設定することができないタイプ」という自己認識
が可能性の言語化を止めていました。
言葉を変えると、可能性が立ち上がる
「目標が描けない」 →「描きたいものがあるが、描いてはいけないと思っている」
と捉え直したとき、初めて対話は前に進みます。
これは、楽観でも現実逃避でもありません。
『技法以前』で参照したように問題の背後にある可能性に、もう一度言葉を与える作業です。
信じるための努力
人を信じる。
自分を信じる。
組織の可能性を信じる。
それは感情ではなく、
「どの言葉を選ぶか」「どのレベルで語るか」という、意識的な選択の積み重ねです。
もし今、
「できていない」「行き詰まっている」と感じているとしたら。
それは、何かをしようとしている途中なのかもしれません。
私は、そう捉える姿勢を大事にしたいと思っています。自分にとっての「信じるための努力」として。
参考文献)
向谷地 生良 (著)、技法以前―べてるの家のつくりかた (シリーズ ケアをひらく)